今回の記事では言語聴覚士の「実習」についてお伝えします。
INDEX
■実習の種類について
■実習の心構え・アドバイス
■いわゆる「信者」にならないこと
■イチかゼロかで考えないこと
■実習を引き受けた経験者として
■学生の存在が先生を育てる
■さいごに
****************この記事を書いた人****************
言語聴覚士 大橋三広先生
【経歴】
・株式会社 リニエR
リニエ訪問看護ステーションすみだ(所長)
・日本言語聴覚士協会 介護保険部(代議員)
・日本口腔ケア学会 言語聴覚士部(副部長)
・東京都言語聴覚士会 地域生活支援局
地域包括ケアシステム部(理事・部長)
・東京都介護予防・フレイル予防推進支援センター
(広域アドバイザー)
・区東部地域リハビリテーション連絡協議会(幹事)
・墨田区在宅リハビリサポートコーディネーター
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実習の種類について
養成校に入ると学校の授業以外にも病院や施設、訪問の現場に実際に赴いて体験する実習というものがあり、『見学』『評価』『臨床』と大きく3つの実習を受けていくこととなります。
特に『評価』と『臨床』の実習ではある患者様に焦点をあてて、到底足りない知識の中で障害を捉えたり、訓練方法を組み立てる練習をしていきます。教科書を読んで得た知識が現場で見る実際の患者様の状態となかなかリンクしなかったり、教科書に書いてあることが目の前のことだと気付けなかったりすることもあれば、実習でようやく教科書で書いてあったことはこれかと気づくきっかけにもなります。
『見学』や『評価』まではまだ横で先生の行っていることを見学させてもらうことの方が多いかもしれませんが、『臨床』の実習では場所によっては実際に患者様に協力していただきお身体に触らせてもらったり、いくつかの検査をさせてもらうことがあり生徒は大変緊張し汗をかきながら実習を行っている場面を見ます。
※実習の時期等については養成校により異なります。こちらは埼玉福祉保育医療製菓調理専門学校の実習になります
実習の心構え・アドバイス
実習前の学生たちは大変緊張していることでしょう。その気持ちは私もよくわかります。私も学生の時は実習を受ける何日も前から「どんなところだろう」「優しい先生だといいな」「うまく質問に答えられずに怒られたらどうしよう」など心配してもしかたないことに囚われて緊張していました。それこそ最終学年時に行う1か月間の臨床実習の時は生活習慣の変化と慣れない場所、その中で丸一日緊張した中で勉強する日が続くために非常に疲れを感じます。ただこのテーマで記事を書いていて思い出すのが「『ネブライザー』って実習先ではじめて知ったっけ」「実習生の頃の自分とくらべたら自分がこんなに成長できるとは思わなかったな」など当時は大変な想いもありましたけど今は良い経験をさせてもらったと感じます。先に書いた『ネブライザー』は薬液を霧状にして吸入する機械なのですが、「こんな事も知らないの?」って思われたらどうしようとドキドキしつつ「ネブライザーって何ですか?」と担当の先生に聞いたらたまたま横にいた看護師さんと一緒になって嬉々として詳しく教えてくれた思い出があります。この時の実習担当の先生ですが、当時、実は実習であまりに知識のない自分を不甲斐なく感じて、怒られたわけでもないのに勝手にあきらめかけた事があったのですが、私はこの時の先生に救われて無事に実習を終えることができました。
学生たちに覚えておいてほしいことは、「優しい先生もいれば厳しい先生もいるかもしれませんが、決して皆さんを落としたいために実習をしている訳ではありませんからね」ということです。
実習生が知識や技術がないことは百も承知です。知識がないこと、知らないことに対しては私も怒りません。私もその頃は知識がなかったですし、今でも勉強はしなくてはならないし知らないこともたくさんあります。
中には自信がなかなかない学生や人見知りの学生もいるでしょう。先生に質問する勇気が持てない学生もいるかもしれません。それでも先生側からは学生が真剣に向き合おうとしていたり、必死に頑張ろうとしているなという態度は言動を見れば感じ取れたりします。なにせコミュニケーションに関する専門家ですからね。表情やちょっとした仕草、言葉の端々からもどんな学生かを感じとろうとしてますし、その学生にあった教え方を考えながらこちらも接します。なので謙虚にまた真面目に学ぼうという学生であれば心から応援します。
ただ語弊がないように、また変に甘えたりしないようにここも伝えておきますが、前提として実習受けるまでの勉強をしっかりしていることや実習先で積極的に発言等をできることにこしたことはありません。またこちらもプロとして患者様のリハビリに当たっている以上、患者様の前で不義理な態度になったりすることはさすがに許せません。
いわゆる『信者』にならないこと
世の中には様々な治療理論があります。ここはあえて残念ながらと言いますが、中にはひとつの治療理論に固執している療法士もいます。教科書を鵜呑みにしてしまっている療法士も見られます。ただ、私が見てきた様々な療法士たちの中でこういった療法士の成長はある程度で止まってしまうように見えます。
現実に100%治療できる理論はありません。このケースではうまくいったけど、他のケースで試したらうまくいかなかったという事もあります。うまくいかなかった時にいつまでもその治療法だけに固執するのではなく「他のやり方はどうだろうか?」と臨機応変に柔軟に考えられると突破口になることがあります。
教科書なども昔と今では言われてる内容や常識が変わっていることも多々あります。我々は臨床家として常に疑問を持ち、この技術を発展させなくてはなりません。私も自分が有効だと思われる理論を用いて治療にあたることがありますが、「だけどこの理論はこの部分が明らかではなく弱いよな」など考えケースに合わせて試行錯誤してることもあります。ところがいわゆるひとつの理論の『信者』になってしまうと疑問すら持たずに行い続けてしまいかねない為、成長が止まってしまうのです。
イチかゼロかで考えないこと
説明が少し難しいところがあるかもしれませんが、医療の世界ではイチかゼロか、正しいか間違いかなど一概に白黒つけられない場面が大変多いです。学生は「この場合はこうである」という答えを欲することが多くみられますが、この考え方にとらわれないように成長していく必要があるかと思います。「この場合、今回はこうしたけれど、他にも道はあるかもしれない」という捉え方をした方がいいかと思います。
私も患者様によってはセオリーから外れる方略を場合によっては取ることがあります。ただそれはそもそもセオリーや基本を知っており、自分なりの根拠を持っているからこそあえてズラすことができるのであって、決して間違ったやり方をしているとは一概に言えないということも覚えておいてください。
実習先で「教科書はこう書いてあるから、先生のやり方はおかしい」と頭ごなしに思わず、なぜそれを選んだのかを先生に聞いてみてください。・・・なかには間違いに気付く先生もいるかもしれませんが、それは先生の成長に繋がり、その気づきが患者様の助けになったと思ってください。
とにかくいろいろなやり方を見て、患者様やご家族様のいろいろな想いも知り、先生の考えを知り、否定から入るのではなく疑問から入り、知識が増えること、引き出しが増えることは楽しいと実感してほしいです。教科書通りのケースなんて現実は少ないです。あらゆるパターン、いろいろな考え方、様々な想いがあることを肌で感じてほしいと思います。
実習生を引き受けた経験者として
今の時代に「こんな事も知らないの!?勉強してないの!?」とはっきり物を言う先生は少ないと思いますが、実はこれは先生側にも言えると思うのです。私も経験4年目くらいの時に初めて実習生を引き受けて偉そうに指導していましたが、今の自分が経験4年目の自分を見たら「お前なんかたいして腕ないくせに偉そうに」と鼻で笑ってしまうでしょうね。実際に経験7年目、10年目の時に実習とはまた別ですが天狗の鼻が折れた経験があり、まだまだ勉強が足りないと感じたことがあります。もし5年後の自分が今の自分を見たら「お前偉そうに経験16年の時にコラム書いてたけどまだまだ甘いよ」と笑うかもしれませんね。
『学生の存在が先生を育てる』
実際にこれまで毎年実習生を引き受けてきて、先生側に立った自分が勉強になることも多いです。学生の質問に対してこれはこうだよと当然のように答えていた事柄に対して「当然こうだと思ってたけど、そもそも根拠はどこにあったっけ?」とふと気づかされたりしました。時には学生と一緒になって教科書はどう書かれてあるか調べて復習したこともありました。固定観念に捕らわれていたところを学生の素朴な疑問により別の角度からの突破口を見つけられたこともありました。自分の知識が古い教科書のもので新しい教科書ではこう変わったというのを実習生から教わったこともありました。学生にどのようにわかりやすく説明するかということが患者様に対してもわかりやすく説明するための練習にもなっていました。
このように学生さんの存在が現場の先生のスキルを上げているという面もあります。つまりは医療に貢献しているという面もあります。互いに研鑽したいものですね。
さいごに
私が引退するのはまだまだ先だと思いますが、個人的には将来後輩たちが私から教わった知識で多くの人を助けられるような療法士に育ち、この知識を基に技術を発展させ世の中に貢献してもらえるようになったら本当に嬉しく思うでしょうね。
完全に妄想ですが、もし私が何十年か先に言語聴覚士のリハビリが必要な身体になったとして、その時に担当になった言語聴覚士が私の過去を知らずに「こういうのはどうですか?」など私と似たような見解のアドバイスをしてきたらニヤニヤが止まらないかもしれません。もしくは「先生、その考えはもう古いです!」と逆に教えてくれるくらいの療法士が現れることを期待します。