言語聴覚士が少ない理由について


リハビリテーションの分野における代表的な国家資格として理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が挙げられますがしばしば「言語聴覚士が少ない」という事は耳にします。
その理由と考えられることについてこちらの記事で説明します。

INDEX
■価値があるのに知られていない?
■総数から見た少なさ、特定領域から見た少なさ
■大勢ほしいわけじゃないのにいないと困る?ライフスタイルと男女の比率について
■数人配属できればよいのか?気づかれていないニーズについて
■今後の発展 ~成人・小児~

****************この記事を書いた人****************
言語聴覚士 大橋三広先生
【経歴】
・株式会社 リニエR
リニエ訪問看護ステーションすみだ(所長)
・日本言語聴覚士協会 介護保険部(代議員)
・日本口腔ケア学会 言語聴覚士部(副部長)
・東京都言語聴覚士会 地域生活支援局
地域包括ケアシステム部(理事・部長)
・東京都介護予防・フレイル予防推進支援センター
(広域アドバイザー)
・区東部地域リハビリテーション連絡協議会(幹事)
・墨田区在宅リハビリサポートコーディネーター
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■価値があるのに知られていない?

【現状とニーズ】

「言語聴覚士が少ない」という話で私がここ数年で一番驚いたのが人材紹介会社から「言語聴覚士を探していますがなかなか見つからない。どういう事情が考えられますでしょうか?」という問い合わせがあったことです。この場合はニーズがあるのに言語聴覚士が少ないということになりますね。確かに病院や施設、在宅医療を行っている訪問看護ステーション、訪問リハビリステーションからもこのような相談を受けることがあり言語聴覚士の価値を感じてもらえていることが実感できそれはそれで嬉しい限りです。

しかし、この言語聴覚士という職業が一般的に知られているかというとほとんどの人が聞いたことがないマイナーな職業であると言わざるを得ません。そう考えると啓蒙啓発する為にも言語聴覚士が足りないと感じる場面が多々あります。

【実際に感じる言語聴覚士の少なさ】

私は言語聴覚士として区市町村などから地域の高齢者向けにお口の健康や難聴についての講演を頼まれることがありますが、その際に冒頭にてリハビリテーションの3職種のことを知っているかを聞いて挙手していただくことがあります。理学療法士についてはほとんどの人の手が上がり、作業療法士はよくて半数、言語聴覚士については数人手が上がるかどうかということが多いです。確かに「リハビリ」と聞くと多くの人は理学療法士が行っている歩く練習などを思い浮かべる人が多いでしょう。言語聴覚士を知っているという人にどこで知ったかを聞くと身近な人が言語聴覚士のリハビリを受けたことがある場合や、身内が医療従事者である場合が多いため、健康志向の人であっても普段の生活の中で名前を耳にする機会がほとんどない事がわかります。

「言語聴覚士が足りなくて困っています」といった相談が病院施設などから来るけど全然世の中に知られていないこの不思議な職業。なぜ言語聴覚士が少ないかについて考えてみたいと思います。

■総数から見た少なさ、特定領域から見た少なさ

【総数から見た少なさについて】

この『少ない』というのも有資格者の総数としての少なさを指す時もあれば、ある特定の領域にて従事している者が少ないなど大きく二つの見方があると思います。

まず有資格者ですが、理学療法士が約19万人、作業療法士が約10万人に対し言語聴覚士はようやく4万人に到達できるかといった具合です。看護師が130万人を超えていると聞くとより全体のイメージがしやすくなりますでしょうか。

【言語聴覚士の歴史と給与】

総数としての少なさについては言語聴覚士の歴史から見ていきたいと思います。

理学療法士と作業療法士が成立したのが1965年に対し言語聴覚士は1997年に成立され、第1回の国家試験が1999年に行われ約4千人の有資格者が誕生しました。国家資格となる前から言語聴覚士は認定資格としてありましたが、病院の運営側としても診療報酬はとても安く、また大学院を出た人であっても正直なところお金にならない為に食べていくには厳しい職業でした。私が言語聴覚士を知ったのがちょうど1999年で、当時は介護老人本施設でヘルパーとして働いていた時です。その時に初めて世の中に言語聴覚士という仕事がある事をその施設に所属していたまさに国家資格第1期生の言語聴覚士から教えてもらったのがきっかけです。その時に先輩から「やりがいもあるし国家資格になったばかりだから今後の発展を期待したい。ただし、がんばれば名誉は得られるが給料は期待しないほうがいい」とはっきり言われました。

現在の給料は理学療法士、作業療法士、言語聴覚士と横並びになってくれましたのでそこは安心していただけたらと思います。私も家庭を持って子供も育てられています。

ただ当時はそもそも言語聴覚士を知るきっかけが少ないだけでなく、知っても給料を考えると目指すには厳しいといった事情があったかもしれません。私は「今後の発展」という言葉に惹かれて専門学校に行くことに決めましたが、確かに就職したての時は給与はきびしい時代がありました。そう考えると国家資格になったとしても目指そうという人がなかなか増えず、スタートダッシュが遅れてしまった部分はあったのかとも思います。

【特定領域から見た少なさについて】

就職先としてざっくり分けると、病院などの医療機関が約6割、続いて高齢者施設等の介護領域で約2割。残りは障害者施設や学校などの教育機関、在宅医療、福祉機器関連のメーカーなどに分かれるでしょうか。ただし、医療機関の中でもだいぶ偏りがあります。多くの言語聴覚士は医療機関でも病棟のリハビリテーション科に進むことが多いです。その為、例えば言語聴覚士の中でも聴覚の分野を専門に携わる者は全体で1割にも満たないです。他にも小児分野が出来る言語聴覚士も少ない、在宅医療に携わる者も少ないなど言語聴覚士の中でも興味関心を持つ分野は偏ります。ただでさえ総数として少ないのに地方や特定の領域で困っている患者様にとっては、本当に相談場所がないという事があります。

【在宅医療に携わる言語聴覚士】


私は普段は在宅医療に携わっていますが、この領域は病院や施設と違って一人でお家に訪問しサービスを提供しなくてはなりません。単純に在宅領域への興味関心があるかどうかということだけでなく、自分もそうでしたが「一人で行って何か事態が起こった時に自分の腕で対処できるだろうか?」との不安を持つ人もいます。実際に在宅の世界に踏み出すのに迷う人の相談も受けたことがありハードルを感じていることがわかります。また私個人としては在宅に興味のある人でも病院で基礎を経験してから在宅に来た方がいいだろうと考えますので人手が欲しくても誰でもいいという訳ではないです。

【小児の訪問サービスのニーズ】


上記以外にも、この数年で増えてきたのが親御さんからの小児の訪問サービスを受けたいというニーズです。ただし、在宅医療を選択した言語聴覚士でも小児の経験がある者となるとより少なくなりニーズに応えることが地域によっては大変難しいこともわかります。事業者側としても在宅で小児が出来る言語聴覚士が欲しいが横にいつでも先輩がくっついて教えられるわけでもなく、それをしたら2人分の人件費と1人分の診療報酬では採算が取れなくなる。だけど小児をやろうとする言語聴覚士は欲しいしなんとか後輩を育てなくてはならない、せめて自己研鑽できる言語聴覚士がどこかにいないかなどとジレンマを抱えます。

在宅事情ではこのような面もありますが、この特定の領域で少ないという点については他にも思うところがありますので次に経営・運営者から見た募集事情について考えてみます。

■大勢ほしいわけじゃないのにいないと困る?ライフスタイルと男女の比率について

【言語聴覚士の求人】

様々な病院や施設などのホームページでリハビリテーション科の紹介を見ると所属している療法士たちの人数などが書かれていることがあります。眺めてみるとよくわかりますが、例えば大きな病院であっても理学療法士や作業療法士は2桁の人数に対して言語聴覚士は2~5人程度みたいな事もあります。またスタッフ募集の欄を見ても理学療法士や作業療法士と比べて言語聴覚士の人数としては多くほしいわけではないことが透けて見えてきます。つまり経営・運営側としては「言語聴覚士が0人だと困る。だけど数人がいればよい」と考えることが多いではないでしょうか。ところがこの言語聴覚士、雇ったとしてもなかなか永久就職といかない事情もあります。

【キャリアアップの転職】

私も現在の在宅医療の世界にたどり着くまでに非常勤で複数所属した分も入れれば4つの病院と1つの施設を渡り歩いてきました。それは一つのところにいると知識が偏るという理由もありましたし、他の分野に興味が出て移ったという時もあります。ただ、様々な場所で経験を積んだことで視野が広くなり、どのようなケースに担当になっても先のイメージがしやすくなったと感じています。このように興味関心が移って転職ということも珍しい話ではないです。もちろんいなくなったら困るだろうというのは想像できているので、ある施設を辞める時は「次の言語聴覚士が見つかるまではいますので1年後に退職したい」という相談をしたことがありました。

【女性の割合が多い職業】


他にも大きな要因かと思うのは男女比です。私が学生の時はまだ8~9割近く女性。今でもおおよそ7割前後は女性かと思われます。この女性が多いという点ですが、免許を取って臨床に出てそれなりの経験を積んだ女性の言語聴覚士が結婚や出産で一時期第一線を退くことがあります。復帰の時に第一線に戻る人もいればライフワークバランスを考えて非常勤などを選択される人もいます。つまり後輩にとっては教えてくれる先輩がいないといった場所が出てくることがあります。

実際に病院や訪問看護ステーションから私に来た相談で「先輩の言語聴覚士が出産で辞めた後、残された後輩がアドバイスを受ける機会がなくなり、後輩まで辞めて他に行ってしまい困っている」ということを聞きました。

しかし、私からするとそもそも「言語聴覚士は数人いればいい」という点に対しては若干異を唱えたい点があります。そこで言語聴覚士のニーズについて伝えていきたいです。

■数人配属できればよいのか?気づかれていないニーズについて

【言語聴覚士が「何ができるか」知られていない】

前項で理学療法士や作業療法士の配置人数に対して言語聴覚士の配置人数が少ないといった話をしましたが、それは言語聴覚士の仕事内容と発揮できる力、気づかれていないニーズについてまだまだ知らない人が医療従事者の中ですら多いからと考えます。
結論から言うと言語聴覚士が「何ができるか」を本当に知ってもらえた地域においては依頼が多いです。実際に私の勤めている事業所では理学療法士6名、作業療法士6名に対し言語聴覚士が7名と多いです。それだけニーズを発掘し言語聴覚士の依頼もいただけています。

【言語聴覚士と多職種の連携】


例えば言語聴覚士は『摂食嚥下』という食べることと飲み込むことに対してリハビリを提供します。歯科も『摂食嚥下』を領域としています。互いに強みや得意な視点が違い、私からすると両者が手を取って事に当たった方がいいケースや、使い分けることがありますがほとんどの医療従事者や福祉関連の従事者が歯科と言語聴覚士のこの違いを知りません。特に町の歯科医側は言語聴覚士と接する機会も少なく言語聴覚士がそもそも何が出来て何をしているのかを知らない人の方が多いです。ところが、言語聴覚士の啓蒙啓発に尽力していったところ、私の所属先では歯科医から「一緒に組んでほしいケースがあるのだけど」と歯科からも依頼をもらうことも多いです。

理学療法士や作業療法士が一生懸命運動を促しているようなケースでも、そもそもしっかりと食べて栄養を摂れているでしょうか?と気になる時があります。そうなると「運動を効果的に実施する為にも食を見直したほうがよいですよ、言語聴覚士の視点から評価しましょうか」という話ができ、必要とあれば歯科や管理栄養士に繋げるといった動きもできます。

ことばの障害では、コミュニケーションに勇気を持てず家から出づらい人も地域にはいます。有名なものとしては脳卒中の後遺症で失語症というものがあります。この失語症は回復の見込みのある時期というものがある程度決まっていると言われておりますが、その事を知らない人も多いです。やるべき時期にサービスを受けておらず、後になってこの説明を聞き後悔されるといったケースもありました。

ぜひ言語聴覚士からも障害に関する啓蒙啓発と独自の視点を伝えて我々が出来ることをアピールしていってほしいものです。

【啓蒙啓発におけるジレンマ】

ただし、前項までの話しであったようにそもそも総数が少なく啓蒙啓発が進めづらい。依頼があっても場所によっては言語聴覚士がそもそも見つからない。先輩が第一線から引いて後輩の腕が磨きづらい。その為、本当はもっと力がある職業なのに、言語聴覚士のアピールが進めづらいといったジレンマは抱えています。
啓蒙啓発に力を入れ、地域住民や他職種などみんなに知ってもらうと相談できる仲間が増えていき仕事も進めやすくなりますし、他の職種ではまねできない領域でもあるので頼ってもらえるとやりがいも感じられるようになりますよという事を後輩たちには伝えたいです。

■今後の発展 ~成人・小児~

【ますます増える言語聴覚士のニーズ】

国立社会保障人工問題研究所による日本の将来推移人口(令和5年推計)を見ると2045年で70歳台が一番多くなるというデータが出ています。高齢者が増えていくという事は必要とされることは目に見えています。小児分野においては少子化だからニーズが減るかというとそういう事はありません。そもそも小児の援助の体制はまだまだ出来上がっていない、サービスがそもそも少ないとも感じています。介護保険を使う高齢者にはケアマネージャーというサービスを統括してくれる職業がありますが、小児版のケアマネージャーとか作れないものでしょうか。親御さんはネットで調べたりもしますが得られる情報には限界があります。小児では保健師がサービスのつなぎ役を担うことがありますがなかなか全部を統括するのは難しい事情が見えたり、また教育機関と足並み揃えるのに難しい事情が見えたり、また教育機関と足並み揃えるのに難しい事情が見えたりすることがあります。ただ子どもたちは成長し、その時期にあった支援が必要になり、いずれは就労について、その後は親が亡くなったあとでも一人で生活できるかなどなど考えていかねばなりません。そう考えるとニーズは常にあると考えます。

【心も人生も豊かに感じられるようになる職業】

専門学校の同期も今は役職について、やりがいを感じて仕事をしているものも少なくありません。ニーズもあるしまだまだ発展していかなくてはならない職業です。本気で仕事に取り組めば本気の「ありがとう」が聞ける仕事であり、心も人生も豊かに感じられるようになる職業だと信じています。
私も後進育成には大変興味があります。この知識や技術を後輩たちに受け継いでもらい、その後輩たちに知識と技術をより発展してもらい、多くの人の支えになってもらい言語聴覚士の仕事にやりがいを感じていただけたら嬉しいです。

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