「知識」は使えないと意味がない ~実践家を実践家たらしめるもの~

こんにちは 介護福祉士科の新井です

今回の話は、「介護の学校を卒業してから」のテーマです

 

学生時代は、日々の授業などを通じて、さまざまな「知識」が頭の中にとめどなく入ってきます

たとえば、「ノーマライゼーション」(normalizationという用語

これは、いわゆる健常者もそうでない人も、お互いが特別に区別されずに、社会生活を共にするのが「健全で」「当たり前」(普通)の社会ですよ、という考え方です

さて、卒業生のみなさん。

みなさんは、こういった知識を、どこかで活用していますか

「基礎」を、現実に「応用」していますか

介護福祉士は実践家です。その意味で、知識は「使うもの」であり、知識は使えないと(真の)専門家とはいえないのです。

知識が頭の中にただあるだけなら、実践家として意味を成さないのです。それを「宝の持ち腐れ」といいます。

ボクシングで例えるなら、どんなによいパンチを打てても、そのパンチを縦横無尽に動き回る「実際の相手」に当てることができなければ、意味がないのと同じです。これを「絵に描いた餅」とも呼びます。

介護(福祉)の専門家を専門家たらしめるもの、それは知識の具現化にあるのです

 

以上のような視点で、介護福祉士のレベルアップのあり方を描いたとき、その遥か彼方の先にある実践家(専門家)としての「高み」にたどり着くためには、生涯を通した研鑽が必要になるということに気づかされます

学生時代の教科書を開いてみてください

そこに何が書かれていますか

そこに書かれていることを、いつ、どのような場面で、どのように実践(応用)しますか