今回は言語聴覚士に向いている人・向かない人というテーマです。
****************この記事を書いた人****************
言語聴覚士 大橋三広先生
【経歴】
・株式会社 リニエR
リニエ訪問看護ステーションすみだ(所長)
・日本言語聴覚士協会 介護保険部(代議員)
・日本口腔ケア学会 言語聴覚士部(副部長)
・東京都言語聴覚士会 地域生活支援局
地域包括ケアシステム部(理事・部長)
・東京都介護予防・フレイル予防推進支援センター
(広域アドバイザー)
・区東部地域リハビリテーション連絡協議会(幹事)
・墨田区在宅リハビリサポートコーディネーター
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現在、私は同僚などからも「天職だよね」「大橋さんほど言語聴覚士をLOVEな人を見たことない」とまで言ってもらえたことがありますが、実は私が学生の時や免許取り立ての時は「向いてない」「辞めたほうがいい」とまで言われていた時期がありました。
また、責任者の立場となって様々な職種の後輩たちを見てきて、育つ人や強みのある人と何年たっても成長が見られない人の違いもどことなく見えてきた部分もあります。この『向く』『向かない』ですが、向かないから辞めたほうがいいという事ではなく成長することに不利な側面があることだと私は捉えており、教育や経験により補える可能性はあると考えております。
その為、今回は「向いてない」から「天職」と言ってもらえるようになった根本がどこにあったかという点と成長することに有利な人と不利な人の違いを私の経験をふまえてお話しようと思います。
一番必要なのは責任感
まずこの点はどの職業でも同じかと思われますが、『責任感』という部分は間違いなく問われることと思います。言語聴覚士の責任感というより医療従事者としての責任と言いますでしょうか。私たち医療の仕事は他人の人生に大きく関わることとなり得ます。風邪など一時だけの病気とは違い、リハビリとなると患者さまは一生付き合っていく病気や障害と向き合わなくてはなりません。その為、私たちの関わりにより人生でやれる事、あきらめる事などが決まってしまう事が起こり得ます。
もしもみなさんが病気になったとしたら、どんな医師に診てもらいたいでしょうか?話をよく聞いてくれる先生?やさしい先生?知識豊富な頭のいい先生?いろいろとイメージされると思いますが、どの先生も根本は『責任を果たそう』としていることと思います。おざなりに診療しているような態度の先生には診てほしいと思わないですよね?ちなみに私のこれまで出会った医師のなかで、まさに脱帽、感嘆できるといった尊敬に値するような先生は、どんな時も優しくて達観して人の話しをよく聞いてくれる仏のような先生、もしくは他者にも厳しいが自分にはもっと厳しいストイックな先生がいらっしゃいます。どちらの先生も責任感や使命感があり経験を積んできたことがよく感じられます。
言語聴覚士として責任を感じる時は、たとえば必死な想いを患者さまから聞く時でしょうか。
産まれてきた子どもが障害を持っており「一度でいいからママって呼ばれたいです」と涙ながらに訴えられたお母さんがいました。脳出血でことばの障害となり、うまく発話ができなくなってしまった人から「半年後の姪の結婚式で『おめでとう』と一言でも言いたい」というのもありました。脳梗塞の後遺症で普通のごはんが食べられなくなってしまった高齢者から「家族と同じ普通のものが食べたい」「もう一度お酒を飲みたい」と言われました。余命いくばくもないと告知された患者さまの家族から「最後になにか美味しい物を食べさせてあげたい」という相談もありました。
これらの訴えに対してとくに経験が浅い時期はとてもプレッシャーを感じることもありました。リハビリは全部が全部うまくいくとは限らないですし、見込みを考えると妥協案や折衷案、代替案を提示することもありますが、これらの訴えに対して真正面から受け止めて取り組まねばなりません。だからこそ責任感を自覚することは必須だと思います。
そして責任感のある人は自己研鑽も行いますし、ある意味うまくいかなかった時などは他人のせいにせず自分を省みようとします。その為、腕も上がっていくのかと思われます。
日頃から「ラクをしたい」と思っている人はある意味『向かない』と言われてしまうかもしれませんが、覚えておいてほしいのは本気で取り組むと仕事が『やりがい』に変わるということです。自分が真剣に取り組んだことで患者さまから本気の「ありがとう」が聞けた時は医療従事者側の人生も豊かになり、この道を目指してよかったと心の底から思えることでしょう。
私の話しに戻りますが、免許取り立ての時の私は「向いてない」と言われ続け実際に挫折して半年で病院を辞めてしまいました。それまでは仕事に対しても恥ずかしながら舐めていた部分もあり、責任感に対しても実感が薄かったです。そのように評価されてもしかたなかったと今でも思います。次に高齢者施設で勤めましたが言語聴覚士が私一人だけという環境でした。そこで出会った高齢の男性ケースで私が医師に「口からは一生食べるのは難しいだろう」と報告した事で、その男性は『胃ろう』と言う外から胃にチューブを繋げる手術をして栄養を確保する方針となりました。その時に自分が正しかったのかどうかを判断してくれる先輩もおらず、自分の言葉の重みと仕事に対して恐怖と責任を実感し、ようやく襟を正すことができたという経験があります。
その後の私は勉強のやり直しを決意し、人生で初めて「勉強した」と思える時期を過ごしました。特に自分の腕が上がるきっかけとなったのは先輩だけでなく後輩や他の職種にまで「教えてほしい」と打ち明けることが出来たことと、どんな理論や意見を聞いても頭ごなしに突っぱねるのではなくまずは素直に受け止めて自分なりに改めて考えるということが出来たのは大きかったと思います。この事は様々な知識や手技を覚えることに繋がり引き出しが増えました。壁にぶつかった時に別の方略を考えるという柔軟性も養われていたかと思います。
そのような自分の経験とこれまでの後進育成の中で感じたことから、次に成長することに有利な人と不利な人について考えてみます。
成長することに有利な人と不利な人
根本に責任感が重要であることは前述のとおりですが、後進育成をしていく中で、責任感がある程度は感じられてもなかなか成長が見られない人がいます。その場合、中には本人ですらどうしてうまくいかないのかがわからず困っているといったケースもあり、教育の方針が合っていなかったかもしれませんし、本人側に何か要因があるかもしれません。ただし、今後の教育や自己研鑽、意識の変革のきっかけなどによって成長し、自分なりの強みを獲得する可能性もあります。
それでは私の思う周囲で腕が良いと思われる人や成長する後輩となかなか成長が見られない後輩などの特徴を考えてみます。
【成長することに有利な人の特徴】
〇コミュニケーション能力が高い
・自分から積極的に他者に話しかけられる。疑問をそのままにせず質問ができる
・自分の言った言葉やニュアンスに対して相手がどう思うか想像できる
・人の意見に対して「こういう考え方もあるのだな」と否定から入らず、妄信もせず考察する
〇感情のコントロール
・プライベートでの不満を仕事に持ち込まない。朝の出勤時に不機嫌にならない
・トラブル時に自分が不安を感じていたり、焦っていることをあえて自覚することでミスを回避しようと注意ができる
〇心構え
・うまくいかない時に人や環境のせいにしないで、自分の行動を省みる
・プロ意識とはどういうことかを自分なりに確立している
【成長することに不利な人の特徴】
〇コミュニケーションが苦手
・報告、連絡、相談に対して後ろ向き
・疑問をそのままにして質問すると怒られると思ってしまう
・わからない事を恥と思ってしまう
〇心構えと態度
・腕がないことを隠す。知ったかぶりをする
・他者からの意見を非難と捉える
・他者からの意見に対して否定から考える
・様々な物事に対して優先順位をつけるのが苦手
〇知識
・ひとつの理論やひとつの方略に妄信する。教科書を鵜呑みにする
・1か0かで物事を考える。絶対にこうだと最初から決めつける
上記のようにあげてみましたが、いくつか補足したいと思います。
有利な人の特徴
まず有利な人の特徴ですが、人の意見などに対して冷静に考察できる人は最初は視野が狭くてもだんだんと視野が広がりあらゆる立場にたった考え方が可能となってくるように思えました。そういう人はあらゆる場面でバランスを考えたり、匙加減を変えたりするのがうまいです。自分の意見を先に伝えようとするよりもまずは耳を傾けるといった態度を心がけるとこの辺りの能力がさらに磨かれてくるかと思います。
不利な人の特徴
次に不利な人の特徴で「わからない事を恥だと思ってしまう」と挙げました。実際に100%どんな人に対しても治すことができる理論なんて存在しません。わからない事だらけで、深く調べれば調べるほど疑問が出てくる世界です。私も患者さまやご家族の質問に対してわからない時もありますが、その際にはなぜわからないのかの理由を説明し、解決するためにはどう調べればよいか、誰に聞くとヒントをもらえそうかといった事を考えます。ところがわからない事に対して隠そうとしたり知ったかぶる人はそれ以上調べようとしない、考えようとしない傾向があるように見えます。
また、同じく不利な人の特徴で「教科書を鵜呑みにする人」と挙げました。教科書はあくまで基本であり、患者さまはたとえ病名が一緒であっても状態や状況は違います。教科書でトレーニング方法が書かれていてもその通りのやり方はその患者さまに対しては合わないことも多く、効果判定も様々です。経験のある療法士は基本を知ったうえで、その患者さまに合ったやり方にアレンジして検証していきますが、教科書に書いてあるからと考察もせずにそのまま実施しているような療法士は効果判定の検証もせず、患者さまを観ずして、考えることをやめ治療をした気になって同じことを続けているといった状況もあり得ます。同じような理由でひとつの理論だけに固執し、妄信してしまっている療法士も壁にぶつかった時に同様な事が言えます。
もう一度言いますが、今は不利な人の特徴に入ったとしても教育や経験により補える可能性や意識の変革によって成長できることを心に留めておいて研鑽していただければと思います。
さいごに言語聴覚士として
これは言語聴覚士を目指すのであればすぐに慣れることだと考えていますが、下記のような事柄に対しては覚悟しなくてはならないです。ここは半分笑い話と捉えてください。
・人の口の中を覗く。人の口を清掃をする。義歯等も触れるが綺麗になると達成感につつまれる(手袋・マスク着用)。
・食事の支援時に目の前でくしゃみされるが察知して寸前で対応できるようになる
・人がお昼を食べている時間に食事の支援をするために自分の昼食が遅れる
・レストランなどでむせ込んでいる音を聞くとその人の方を向いてしまうという職業病にかかる
・ことばの障害ケースでことばが互いに通じず一緒に苦笑いになるが嫌ではない
・ことばのリハビリで正面に向かい合った患者さまに対し、書いた文字を見せる時に紙をわざわざ回転させなくても最初から文字を逆さまに書けるようにいつの間にかなっている
・難聴の人に対して怒鳴り声に近い声で耳元で話をしている人をみると「そうじゃなくて」と難聴について教えたくなる
・小児の支援で子どもの成長に対して親と一緒に泣きそうになる
・医学は日々進歩し、時には自分がその進歩に貢献しなくてはなりません。一生勉強し続ける覚悟が必要。そして腕が上がることに対して喜びを感じてください。
ぜひ、興味を惹かれましたら学校の門をたたいていただけたらと思います。