子どもの世界を理解するために ー 保育補助の視点からの考察 ー

年度 2022
学科 保育士科 夜間主コース

キーワード

発達障害・合理的配慮・特性理解・保育補助

1.はじめに

 3 年間、認定こども園の幼稚園部で保育補助として働いてきた。その中で出会った、様々な個性を持つ子どもたちのことをもっと理解したいと考えたことが保育士・幼稚園教諭の資格・免許取得を目指したきっかけである。保育の勉強を進めながら子どもたちと過ごす中で、保育のやりがいを味わい、同時に難しさも感じた。特に特別な支援を必要とする子ども達との関わりでは沢山の迷いがあった。保育補助として単発的に学年やクラスの補助に入ると、クラス担任からの、要支援児との関わり方について悩みを聞くことがある。「あの子のこういう行動に困っている。」という言葉を聞くと、学校の授業で多くの先生が仰っていた「子どもは大人を困らせたいわけではない。子ども自身が困っている。」という言葉を思い出す。
 「困っている子どもがいたら助けたい」と思うのは、保育者として当たり前のことであるが、保育のやりにくさが目立ち、子どもが感じている困り感に気付きにくい現場は少なくないように思う。私は、子どもの発達・特性を理解し、子どもが見ている世界を知ることで、保育者にとっても子どもにとっても過ごしやすくなる保育実践に繋がるのではないかと考える。

2.事例からの考察

・ 本稿の事例は実際の事例をもとに内容を変更した架空のものである。
・ 3 年間の保育補助の仕事で経験してきた要支援児の個別の支援が必要な場面を取り上げ、考察する。
・ 事例の子どもに対する臨床心理士の心理的な検証・解説からより理解を深めたものである。

(1) 年中児 A (情緒障害/ASD)
行事で合奏を行う為、ホールで合奏練習を行う場面。クラスの子ども達と共に A 児もホールへ移動するが、ホールの入り口で立ち止まり「分かんない!」「できない!」と涙を流しながら保育者に訴えた。その後、走 ってホールから離れた場所(屋外のテラス)へ行き座り込んだ。その後何回かホールで合奏練習を行ったが、回数を重ねていくうちに舞台に立つことができるようになった。(ホールに入室し見学→ピアノを弾く保育者の膝の上に座る→保育者と一緒に舞台に立つ)

〈臨床心理士 鈴木楓先生による A 児への心理的見立て〉
・ 情緒障害ということからも、周囲の環境の影響は⼤きい。
・ 不安になったり刺激過多(集団や活動)になると、より刺激がダイレクトに⾃⾝の中に⼊ってくるのでパニックや不安定になりやすい。
・ 刺激の多すぎないところや安⼼できる関係がある中では、安⼼して居られる(保育者と 2 ⼈きりの空間や合同練習)。
→安⼼できる関係性をベースに作られているからこそ、「分からない!できない!」と⾔葉にできた。(わからないという気持ちを分かっている)ここの気持ちをしっかりキャッチする。
→繰り返しキャッチしていくことで安⼼感が根付いていく。(不快から、快に変化する体験)その為、舞台に⽴つことができるようになったのではないか。

○考察
まず、自閉症スペクトラムの心理的特性として、
① ⾃分⾃⾝を刺激から守る防御(フィルターや境界)が物凄くもろい
② ダイレクトに刺激を受け取る
これらの特性があることを理解しておかなくてはならないと強く感じた。
A 児は、いつもと違う環境で行う初めての活動に強い刺激を感じ、自分を守るためにその場から離れる行動をとったのではないかと考える。「分からない!できない!」と保育者に伝えることができたのは、保育者との間に安心できる関係があったからではないかとの見立てを聞いて、これまでの保育者の A 児との関わりを振り返り、子どもの気持ちを受容し、繰り返しキャッチしていくことの大切さを改めて学んだ。また、この時 A 児を無理にホールへ引き戻し活動に参加させるのではなく、テラスに座り込む A 児に寄り添い、落ち着くまで 2 人でゆったりと過ごした保育者の関わりは、間違っていなかったと感じた。世界を繊細に感じ受け取っている子どもたちに寄り添うためには、保育者の配置的余裕や心の余裕が必要だと考える。今後も子どもが安心して自ら周囲の環境に関わることができるよう、子どものペースを見守り支えていきたい。

(2) 年中児 B(ASD)
・ 周囲の友達に興味があり一緒に遊ぶことを好むが、突発的に怒り「〇〇くん、いけない!」「ダメよ!」と言いながら叩く、突き飛ばすことがある。
・ 障害のある子に対して特に厳しい。ルール破りの行為には特に厳しく、声を荒げて怒る。(部屋を飛び出す、扉を開け閉めして遊ぶ、廊下を走る等の他児を見かけると追いかけて突き飛ばす。)
・ 「どうして叩くの?」と保育者が聞くと、取り乱しながら「分かんない!」と答える。
・ B 児自身、保育者に不適切な行動を指摘されることが苦手で、指摘されると怒ったり泣いたりする。

〈臨床心理士 鈴木楓先生による B 児への心理的見立て〉
・ 「こうしなければならない。」という厳しく取り締まる⾃分が⼼の中にいる。(⼼理学⽤語でいう“超⾃我”と呼ばれるものです。)その為、⾃分で⾃分⾃⾝を責めているからこそ、他者からさらに指摘されると被害的になったりする。
・ 「こうしなければならない。」という“超⾃我”的思考は、「こうしたい」という⾃分⾃⾝の考え(⾃我)ではなく、他者軸の考えである。
→特にネガティブな感情に対して反応しやすい。 ネガティブな感情そのものが悪として「そういうものはあってはならない。」と取り締まる。
→本来、感情はどんなものでも感じていいもの。(それを⾏動化するからこそ、周りは困るわけです。)ネガティブな感情を⾃分の中で抱えられないからこそ、「こうしてはいけない」と打ち消したり、他者を責めたりする。
→⽀援する上で、感じることに対して評価せずに「こうしたかった」という気持ちに触れられる体験が必要。

○考察
“⾃分で⾃分⾃⾝を責めている”という見立てを聞いて、衝撃を受けた。と同時に、B 児の気持ちを理解できていなかったことを反省した。確かに B 児の様子を思い返すと、他者に厳しい点ばかりが注目されてきたが、一番厳しく取り締まっていたのは自分自身に対してだったと感じ、腑に落ちた。苦手なことや不得意なことに向き合う際、上手くいかなかった時に不安定になったり、他者に対して攻撃的になってしまったりすることがある B 児の姿は、自分に対して「こうしなければならない。」と厳しく取り締まっていた為だと感じた。その厳しい視点は、他者の問題行動にまで影響し、このような B 児の行動に繋がっていたと考える。保育者の関わりとして「どうして叩くの?」と声掛けするのではなく、「○○したかったんだね。」と B児の感じているであろう感情や感覚を言葉にして代弁し、B 児が自分の気持ちを受容し認めることができるよう関わることが必要であると学んだ。今後の保育実践で活かしていく。

(3) 年長男児 C(ADHD/自閉傾向)
・ 多動で衝動的に行動することが多く、活動に区切りをつけることや、気持ちに折り合いをつけることが苦手である。外遊びに出掛けると、片付けの時間になっても入室することができず、一人で外遊びを続ける。室内遊びをしていても、保育者が一瞬目を離し C 児を探すと、一人で外遊びに出掛けていることがある。
・ 保育者がクラスの活動に誘い掛けても、遊びに夢中になっていると参加しない。(興味のある活動は参加できる。チラッと様子を見て参加し始める。)
・「外で遊びたい!」と感じたら、どんなに保育者が止めても外で遊ぼうとする。
・保育者の手伝いや、年少児の世話が好きで積極的に関わろうとする。

〈臨床心理士 鈴木楓先生による C 児への心理的見立て〉
・ 衝動的に動くので、制⽌や叱りがちになる⼈間関係になりやすい。感情と⾏動を別で受け取る。
・ 「外で遊びたい」という気持ちは受け取る。⼀⽅で、⾏動は⽌める。
・ ルールを守るということは難しいかもしれないが、なし崩しにはしない。ルール破りをすることも想定して、ルールを考えておく。ルール=“ここまで”という境界線であり、境界線がないと衝動的なままどこまでも動き続ける。本⼈にとっては不安で、更に衝動的に動くようになる。⽌めてもらえ、関係性を作ってもらえることで安⼼できる。
→ルールを崩してきた時に、しっかり関わることが⼤事。
→『悪いことをしたかったと思う⾃分』を受け取ってほしい。(⾏動を許してほしいわけではない)
→ルールは変わらずにあって、それを守っていくためにどうしていくかを、協働関係で⼀緒に考えていく。保育者や周りの⼈たちが、本児の良い部分もしっかり受け取っている(⼿伝いや世話好きなど)ので、年少よりは落ち着いてきているのではないか。 = 関わりの中で成⻑が積み重ねられる。
・ わざとやっている時やこちらの様⼦をうかがっている時には、真剣に叱ることは必要。⼀⽅で、衝動的で本⼈も無意識に⼿が出たり、反応がない時などには、⾃⾝でも無意識に体が動いてしまっている可能性があるため、さっと⽌めて「これはしない。○○したかったの?」「こうしたかったのね。」などの受け取りによって、無意識にうごくのではなく、⾃分がしていることを意識化することが必要(⾃我の形成)。

○考察
C 児との関わりを振り返ると、毎日繰り返し同じ行動をとる C 児に対し、保育者によって対応が変わったり、同じ保育者でも状況によって対応が変わったりと、C 児にとっては、どこが境界線か非常に分かりにくい環境であったと考える。ルールをなし崩しにせず、“ここまで”という境界線を作ることは、子どもの安心に繋がるということを理解し、今後の保育実践に活かしたいと感じた。また、“感情と⾏動は別で受け取る。”「これはしない。○○したかったの?」のような声掛けの仕方は、C 児が自分の行動を意識化し、自我を形成するために大切な保育者の関わりであると学んだ。C 児の特性を理解し、叱られてしまう体験ばかりではなく、手伝いや年少児の世話などから成功体験をたくさん積むことができるよう保育者が関わることも、C 児が安心して落ち着いて過ごすことができるようになるために大切な関わりだと学んだ。

3.まとめ(考察・今後の課題)

 本研究を進めるにあたりこのテーマを選んだ理由は、知ることは守ることに繋がると考えたからである。子どもが集団生活の中で感じている困りに着目し考察することは、子どもが見ている世界を理解し、どの子どもも安心・安全の中で心地よく園生活を楽しむことができる環境を整える為に、大切なことだと考える。臨床心理士の先生にご協力いただき、丁寧な事例に対する見立てと解説をしていただいたことで、改めて自身の知識や理解の乏しさと、視野の狭さを知ることができた。また、その状態のまま、保育現場で子どもと生活を共にし、環境に大きく左右される繊細な子どもの育ちに関わることの危うさを感じた。まだまだ保育者として未熟であることを自覚し、今後も学び続けることが、子どもを守り、健やかな育ちを支えることに繋がると考える。広い視野、多くの視点で多角的に子どもの姿を見取り、ひとり一人の育ちと丁寧に関わることができるように今後も学び続ける。
 また、「集団生活の中にいる要支援児にとって安心できる環境というのは、自身の苦手としている特性的な部分が理解され、そばに支援や理解のある環境のことをいうのではないか」という一文を読み、今回学んだことは、今後保育者として現場に出ていく上で大切な学びになると確信した。
 子どもにとってまずは自分が「安心できる環境」となることができるように、今まで学んできたことを大切に心に留め、目の前の子ども達と誠実に関わっていく。

4.謝辞・文献一覧・参考資料

・ 鈴木楓先生(臨床心理士/公認心理士)
事例検討並びに丁寧な解説をしていただきました。本研究の趣旨を理解し快くご教示くださいました。厚く御礼申し上げます。
・ 参考文献「クラス担任が策定する個別指導計画に関する考察-集団保育の現場における個別支援の心得-」P72 本著者である上條友葉先生には終始適切なご指導を賜りました。心から感謝いたします。
最後に、本研究を進めるにあたりご協力いただいた全ての方に深く感謝すると共に厚く御礼申し上げます。

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