健聴児がろう児と共存関係を築くためには

年度 2017
学科 こども福祉科 (現:保育士科)

1.はじめに

 私たちのグループでは、メンバーの4人中2人の身内にろうの人がいる。「ろう」とは、耳の聞こえにくい人や聞こえない人のことを言い、聴覚障害の区分の1つである。グループの中で話をしていると、普段からろうの人と関わりを持つ人達と、ろうの人と関わりが少ない人達との間ではどのような意識の違いがあるのかと疑問に感じた。そこで私達が保育士として関わりを持つことになる子どもを対象に研究を進めることにした。まず、健聴児はろう児に対してどのような関わりをもつのかをみるために、3日間のダンスイベントを開催した。イベント初日では、子ども達はろう児に対し分け隔てなく関わる姿が見られた。しかし、2日目以降は、コミュニケーションの取り方に違いを感じ、少し戸惑う姿が見られた。そこで私達は、子どもとろう児がコミュニケーションを取り合うための機会をつくることで、理解が深まり、ろう児との関わりに対する興味や意欲がわくのではないかと考えた。

2.現状把握

 ダンスイベントに参加した子どもとは別に、ろう児との活動に興味を持っている子ども達8名に事前にアンケートを取った。アンケートから、8名中5名は、これまで聴覚障がいの人が身近にいなかったことが分かった。「聴覚障がいの人は耳の聞こえる人と遊んだり、話したりできると思いますか」という項目に対しては、6名が「思う」と回答していた。また、「困っている聴覚障がいの人を見つけたら、声をかけられると思いますか」という項目に対しては、5名が「思わない」と回答していた。この回答から、子ども達はろう児と一緒に遊んだりできると思っているが、ろう児と接触機会が少ないため、どのように声かけをしたらよいか不安に感じていることがわかった。

3.仮説

 河内清彦氏の特殊教育学会機関誌「特殊教育学研究」によると、視覚障害児に対するイメージではあるが、小学校高学年児童には認知面でまだ否定的な傾向がはっきりと表れていないと記載されている。また、日本教育心理学会機関誌「教育心理学研究」によると、視覚障害と聴覚障害の認知傾向は類似していると述べられている。このことから、聴覚障がいでも小学校児童には否定的な傾向が表れていないと考えられる。
 アンケート結果や先行文献から、子ども達が共存関係を築けていないのは、この否定的な傾向が表れていないからではないかと推測する。そこで、子ども達のコミュニケーションツールとして最も身近である「遊び」を子ども達が自らが考えることで、ろう児と共存関係を築くことができるのではないかと考えた。

4.研究方法

(1)研究対象
 ろう学校に通う中学生1名
 ・裕斗くん(本名)   <中学3年生の男の子>
 重度の感音声難聴で、補聴器を装着していれば音はわずかに入るが、
 言葉としては 聞こえていないため、言葉での会話が難しい。第一言語は手話である。
 小学生8名
  ・ヨウスケくん(仮名) <小学4年生の男の子>
  ・マイちゃん(仮名)  <小学4年生の女の子>
  ・アカネちゃん(仮名) <小学5年生の女の子>
(2)研究期間
 平成29年9月28日(木)  オリエンテーション
 平成29年10月2日(月)~10月19日(木)   約1時間の活動を全5回実施
(3)研究内容
 その日の活動内容を子ども達と一緒に考え、遊ぶ。子ども達のろう児に対しての関わり方を観察したり、遊びの中で出た聴覚障がい児についての発言に焦点を当て話をする。全5回の活動の中での子ども達のろう児に対する、言動や考え方についてどのように変化をしたかを見ていく。
(4)研究手順
 ①聴覚障がいに対しての考え方について子ども達にアンケートを取る。
 ②健聴児とろう児が遊びを一緒に考え、その遊びを実際に行う。
 ③子ども達と一緒に手話ソングを行ったり、興味のある子どもは耳栓を装着して
   聞こえにくい体験をする。
 ④再び、聴覚障がいに対しての考え方について子ども達にアンケートを取る。

5.研究結果

 活動前と活動後のアンケートで一番変化があったのは「困っている聴覚障がいの人を見つけたら、  声をかけられると思いますか」に対しての回答である。活動前、ヨウスケくんとマイちゃんは「思わない」、アカネちゃんは「思う」と回答していたが、活動後は全員が「思う」に回答していた。
 また、「聴覚障がいの人は耳の聞こえる人と遊んだり、話したりできると思いますか」に対して の回答は、全員が活動前後で「思う」と回答していて変化がないことも分かった。回答は「とても思う」「思う」「思わない」「まったく思わない」の4段階である。

6.考察

 ヨウスケくんがジェスチャーから手話に表現を変えたのは、裕斗くんのコミュニケーションツールが手話であることを理解したうえでの行動だと考える。また、普段は他児に対して言葉が厳しいときがあるヨウスケくんだが、活動中は裕斗くんのできることとできないことを感じ取れるようになったために、思いやる発言が出たのではないだろうか。
 マイちゃんから下校中に聴覚障がいについての話題が挙がったのは、活動時に裕斗くんとの関わりがあったからだといえる。そこで、手話で表現できたことに喜びを感じ、最終日にはその喜びがマイちゃん自ら、裕斗くんに対しコミュニケーションを図ることにつながったと思われる。
 アカネちゃんは対象3名の中で唯一、アンケートに変化は見られなかった。しかし、裕斗くんと 直接的に関わることで、アカネちゃんは裕斗くんの気持ちを汲み取ることができるようになったのではないかと考える。
 今回は共存関係を築くために、子ども達のコミュニケーションツールとして最も身近な「遊び」 を取り入れた。活動初日は、学生から子ども達に遊びを提供した。すると、子ども達は遊びを強要されたと感じたのか、その日の活動はうまくいかなかった。そこで、子ども達が自身で遊びを考えられる環境をつくるため、2つのグループに分け少人数制にして活動を行った。その結果、健聴児とろう児の接触機会も増え、子ども達が考えた遊びを、ろう児と一緒に楽しむことができた。また、活動前後のアンケートでも気持ちの変化が見られた。遊びを進める中で、ろう児には難しいと感じ、その旨を発言する子どもの様子も見られた。しかし、その遊びをやめてしまうのではなく、子ども達同士で話し合い、解決することで子どもたちがろう児と共存関係を築くことができたといえる。

7.まとめ

 この研究では、健聴児とろう児が関わることで、少しずつ戸惑いを感じ始める子ども達の様子を見ることができ、保育者としてこの変化に気付くことが重要であると学んだ。また、健聴児とろう児の共存関係を築くため、遊びを通してコミュニケーションを図り、理解を深められる場をつくっていくことが大切であると学んだ。これから保育の現場で働く者として、健聴児とろう児との共存関係を築くために、今回の研究を活かしていきたい。

8.参考文献

河内清彦 1993 視覚に障害のある児童に対する小学校高学年児童のイメージ 特殊教育学会機関誌「特殊教育学研究」 Vol.31 No.3
河内清彦 2006 障害者等との接触経験の質と障害学生との交流に対する健常学生の抵抗感と の関連について‐障害者への関心度,友人関係,援助行動,ボランティア活動を中心に‐ 日本教育心理学会機関誌「教育心理学研究」 Vol.54

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