嚥下食に写真を添えて提供する 効果の検討

年度 2017
学科 介護福祉士科II部

1.はじめに

 高齢者施設における食事の際に、認知症の利用者が嚥下食を一度口にした後に吐き出してしまうことがしばしばある。多くの場合、食事メニューの説明は口頭で行われるが、認知症の利用者が理解できていない可能性があるのではないだろうか。しかしながら、実際にそれ以上の説明や対応がなされていないのが現状である。
 吐き出してしまう原因は明確にはわからないが、説明不足などにより、嚥下食の見た目からイメージできる味と実際の味が異なっていることで、嫌悪感や不快感が生じたものと予想した。食べ物を「美味しい」と感じる要因の一つとして、先行研究(岸本他 2004,光貞 2015)では、味に対して見た目が一致していることが挙げられている。したがって、嚥下食を摂取する場合にも、元の料理がわかるように写真を提示することで実際の料理を想起できれば、見た目と味が一致して嫌悪感や不快感が軽減され、利用者が嚥下食を吐き出すことがなくなるのではないかと考えた。

2.目的

 嚥下食に写真を添え、視覚情報を活用することで、自分が何を食べているか正確に認識でき、不快感なく食事してもらえるか否かを検討する。

3.方法

1)対象者:20歳代~90歳代の健常男女14名(平均60.8±18.7歳、男性5名、女性9名)
2)実施期間:2017年9月~10月、1回30分程度
3)実施場所:対象者の自宅および専門学校内の教室
4)手続き:
 実施にあたり実施内容の説明を行い、同意を得た上で、嚥下食をもとの料理の写真を見せた場合と、写真を見せない場合の2パターンで提供した。
 その際、実食の前に料理の味や料理名を予想してアンケートに記入してもらった。その後実食してもらい、食べる前の抵抗感、食べた際の不快感、実際に食べてみての所感について再びアンケートに記入してもらった。
 なお抵抗感、不快感の評価は「全くない」~「とてもある」の4段階で行った。なお、抵抗感、不快感が高いほど評定得点も高いことを意味する。また、完食の有無、食べ始めるまでの時間も測定した。
 料理の内容は一回目が写真なしの「大根の鶏そぼろ煮」(主菜)と写真ありの「かぼちゃ煮」(副菜)、二回目が写真ありの「肉じゃが」(主菜)と写真なしの「豆きんとん」(副菜)であった。
5)解析:
 「写真あり」と「写真なし」における「食べる前の抵抗感」および「食べた際の不快感」の比較は、t検定にて解析した。なお、統計解析には、エクセル統計を用い、統計的有意水準は5%未満とした。

4.結果

 アンケートの結果、「食前の抵抗感」の評定得点については、主菜では写真なし(大根の鶏そぼろ煮)が2.0点、写真あり(肉じゃが)が1.7点と写真なしのほうが高得点(抵抗感が高い)だが、両群間に有意差はみられなかった(p=0.12)(図1)。甘味では、写真なし(豆きんとん)が2.1点、写真あり(かぼちゃ煮)が1.6点と、写真なしが写真ありと比較して有意に高得点(抵抗感が高い)となった(p<0.05)(図1)。「食べた際の不快感」では主菜で写真なし(大根の鶏そぼろ煮)が2.2点、写真あり(肉じゃが)が1.8点と写真なしのほうが高得点(不快感が高い)だが、両群間に有意差はみられなかった(p=0.21)(図2)。一方、甘味では写真なし(豆きんとん)が1.9点、写真あり(かぼちゃ煮)が1.5点と、写真なしが写真ありと比較して有意に高得点(不快感が高い)となった(p<0.05)(図2)。以上のように、写真なし条件で、抵抗感、不快感ともに写真あり条件と比較して高いことが示された。「写真があったほうがいいか」という質問に対しては、14人中11人(79%)が「はい」と答えた。

5.考察

 結果より、「写真あり」条件で、「写真なし」条件に比べて、食前の抵抗感および食べた際の不快感が低いことが示された。また、対象者のおよそ8割が「写真があったほうがよい」と答えており、料理に写真を添えて料理がわかるようにして提供することの有効性が示唆されたといえる。
 写真があったほうがよいと回答した対象者は、その理由について、「目で見ることで味の予測ができるのが良い」、「想像と味が異なると食欲が落ちる」などと述べており、食事をする上で視覚から得る情報が重要であることを確認することができた。これらの結果は、人間の五感は、他の感覚モダリティに比して、「視覚」に依存する割合が大きいこととも関連することが考えられる。それゆえに、人は食物の好ましさの判断を視覚によって最初に行うことが多く、その結果、視覚情報は味や口触りに対し、優先的な先入観を与え、美味・不味の評価を左右することもわかっている(橋本他 2014)。さらに、見た目と味が一致していることが美味しさを感じる要因であるとする先行研究(岸本他 2004,光貞 2015)の結果にも一致する。
 年齢層別に検討すると、低年齢層に比べ、高年齢層で抵抗感や不快感が低い傾向がみられた。この結果は、時代背景による食への意識や食生活の違いが反映されたものと考えられる。したがって、将来的にもこの点を配慮して介護食を考える必要がある。
 また、写真の有無に加えて、特に「味が好きではない」と答えた対象者は不快感を大きく感じている傾向にあった。また、今回は野菜料理が中心であり、これは嚥下職全体の傾向とも捉えられるが、野菜嫌いな対象者はこれらを食べることができなかった。これらのことから、写真による料理に関する事前の情報提供に加え、個人の食材や味の好み、またこれまでの食生活の背景にも十分に考慮する必要性が示されたといえる。

6.結論

 嚥下食に写真を提供することは不快感の軽減に好影響があることが示唆された。
 今後の問題点として施設等で嚥下食を食べている利用者に対しての、個別ケアとして実施可能であるか検証していく必要がある。

<引用文献>

岸本優里 有本早織 米本幸代 高岡素子 矢田円郁 味覚と資格の感覚統合に影響する個人特性の検討 認知心理学会第12回大会ポスター発表要旨 2004
光貞美香 高齢者の食欲増進に対する視覚刺激の基礎研究 山口県立大学大学院博士論文 2015
阿部雅子 原修一 笠井新一郎 摂食過程における視覚遮断が食味に与える影響に関する検討 九州保健福祉大学研究紀要 2011
中村文 先行期の認知活動が摂食嚥下活動に与える影響に関する研究 県立広島大学博士論文2014
教育機器編集委員会 産業システム便覧. 日科技連出版, 東京, 1972
橋本三奈未  大木愛  斉藤美沙  木川眞美  カップの色が飲料の味におよぼす影響 日本家政学会研究発表要旨集 66(0), 222, 2014

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