個人の好みの音楽聴取が高齢者にもたらす効果の考察
年度 | 2016 |
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学科 | 介護福祉士科 |
1.はじめに
高齢者の領域ではこれまでに、音楽療法の効果が多く検証されている。例えば、在宅高齢者2 名を対象に実験者が選択した穏やかな音楽と躍動的な音楽を聴取して自律神経活動の変化を検討した結果、穏やかな音楽を10分間聴くことでリラックス効果が生まれ、躍動的な音楽を10 分間聴くことで気持ちの高揚に効果があることが分かった(関谷 他 2006 年)。
しかしながら、システマティックな音楽療法としてでなく、私たちが日常的に行っている「自分が好きな音楽を鑑賞して楽しむ」ことを施設で暮らす高齢者に行ってもらうことでも効果が見られるのではないかと考えたが、その効果については知る限りあまり検証されていない。したがって携帯音楽機器などを用いて、気軽に好みの音楽を聴取した場合の高齢者の日常生活の行動面に変化があるかを検討することとした。
2.仮説
個々の利用者の好みに応じた音楽をご利用者様に施設での日常場面で聴取していただくことで、日常生活の行動面に変化がみられるのではないか。
3.研究方法
〈対象者〉
ショートステイ、特別養護老人ホーム、グループホーム、デイサービスに入所する音楽が好きな高齢者 4 名(女性 4 名、平均年齢 87、7 歳)
〈実施場所〉
各施設のフロアまたは居室
〈実施期間〉
2016 年 8 月~2016 年 10 月のうち 7 日間
〈手続き〉
最初の2日間は対象者の身体状況、好きな音楽、普段の様子の調査を行い、その後の1ヶ月内の不連続の5日間は余暇の時間等に対象者が好まれる音楽を、個別に携帯音楽機器で流し、聞いていただいた。その際の対象者の行動面に変化がみられるか観察した。
5.研究結果
〈対象者の詳細〉
事例A 96 歳、女性、骨粗しょう症(ショートステイ利用)
事例B 84 歳、女性、発語が不自由(特別養護老人ホーム利用)
事例C 99 歳、女性、アルツハイマー型認知症(グループホーム利用)
事例D 90 歳、女性、白内障(デイサービス利用)
対象者により、異なる反応が見られた(表 1)。
事例Aは普段は居室で音楽を楽しまれている。3日目は居室内で音楽聴取をしてもらおうとしたが、「ほかの人に悪いから」と嫌がられていた。その際、本人より「そっちに渡した CD はどうなったの?」と聞かれ、CD を使うか確認すると、無言で頷いたので本人持参のCDをフロアで流した。音楽を流しているときは、耳を澄まして音楽を聴いていた。次の日から、音楽を流している際は、フロアで過ごす時間が増えた。聴取をすべて終えた後に、利用者より「昔は戦争があったからやることが歌うことしかなかった」とおっしゃっていた。
事例Bは初日は音楽を聴いていた。2日目以降からはトイレの訴えが強くなってきて、次第に音楽を聞く様子が見られなくなった。
事例Cは普段はフロアでテレビを見ている。元々施設内で歌を歌う機会が少ないため、知っている曲が流れた際に歌う様子が見られた。その際、周りの利用者や職員に昔話をする様子が見られた。聴取している際、利用者より「娘と一緒に歌っていたから童謡が好き」とおっしゃっていた。
事例Dは普段は仲の良い利用者と世間話をしている。曲を流している際は、他の利用者と昔話をしながら音楽を楽しまれていた。聴取している際、利用者より、昔聞いていた曲で、思い入れがあるから好き。という旨の感想をおっしゃっていた。
6.考察
それぞれの対象者の特性により、音楽に親和的な反応を示す場合と嫌悪的反応を示す場合とがみられた。好きな音楽の聴取であっても一定の良い反応が見られるわけではないことが明らかになった。
具体的に各事例を見ると、事例ABCは20代に聞いていた音楽を好みの曲としてあげ、事例D は40代のころに聴いていた音楽を好みの曲としてあげている。事例ACDは音楽を通して他の利用者と交流を図ったり、個人的に楽しむ様子が見られるようになった。事例Bも音楽の聴き始めは、昔話を語るなどの好印象が見られたが、次第にもともとあったトイレの訴えが強くなり、実施者がそれに応えることができなかったため、不穏な様子になったのではないかと考えられる。
Aはおやつ後、Bは初日は午前中で以降は昼食後おやつ前、Cは午前中、Dは昼食後、おやつ後、帰る前と聴取する時間帯はまちまちであったが、これが研究結果が異なる結果となった要因としての可能性は少ないと考えられる。なぜなら、利用者の余暇時間で音楽を聴取していただくという研究方法にしたからだと思われる。
聴取時間は、個別対応の研究のため方法としての統一はせずに、利用者の余暇時間を使うと言う 程度の取り決めであったため、各事例で異なる聴取時間となった。実施者の感想として、BGMと しての音楽利用を考えていたため聴取時間を2時間と考えていたが、利用者への負担も考慮すると、30分程度が利用者の身体的精神的に好ましい時間と思われた。
7.今後の課題
第一に、研究時に利用者が他の利用者を気にしてしまうことを考慮しておらず、利用者が他利用者と一緒に音楽を楽しむための環境づくりについて改善が必要であった。
第二に、本研究では聴取時間帯での結果の違いはあまりみられないとの結論としたが、私たちの生活でも朝と昼の音楽聴取で違いがあるように、利用者でも午前中と午後の音楽聴取での違いは見られる可能性もある。
第三に、多数の利用者が一緒に楽しめる環境にした場合の個々の利用者の変化についても考慮する必要があった。
8.まとめ
施設利用の高齢者に対して、音楽を私たちが当たり前のように聞いているような娯楽として提供することで QOL の向上に繋げることが出来るのではないかという仮説のもと、利用者の生活の中に音楽を取り入れて、利用者の行動面に変化が見られるか観察した。
まず、好みの音楽のアセスメントについては、働いている職場での研究であり、2日間で十分だったが、聴取環境についてのアセスメントに関して考慮する必要があった。
音楽は催し物やその施設の雰囲気作りなど、その場面に則した応用性を持つ環境要因である。今回の検証を踏まえて、今後に生かしていく必要があるだろう。
<引用文献>
・高橋多喜子 音楽療法概説 anout line of music therapy 筑波大学医療技術大学部
・関谷 正子他 在宅高齢者に対する受動的音楽療法が自律神経活動と認 知機能に及ぼす効果 北海道大学大学院教育学研究科 2005 年