認知症高齢者に対する肯定的な表現を用いた接し方による言動の変化

年度 2016
学科 介護福祉士科

1.はじめに

認知症の初期では物忘れが激しくなったり、同じことを繰り返したり、今までできていたことが難しくなるなどの症状が現れる。初期では物忘れなどの自覚があることが多く、そういった自覚がない場合でも何かがおかしいと感じている。「自分はおかしくなった」「役立たずになった」などと思い、落ち込み、自信を失うことも多い。
周囲の人たちも本人の変化に驚き戸惑い、物忘れや失敗を指摘したり怒ったり、何にも分からなくなったと思って幼児言葉で話しかけたりすることがある。そういった接し方をするとさらに自信を失うという悪循環に陥ってしまう。
畑野ら(2006)は老人保健福祉施設に入所した認知症高齢者を対象とし、「対象者の強みに働きかける事で自己効力感は高まる」ことを明らかにしている。
自己効力感とは、自身に対する有能感を意味し、自己効力感を高めることは意欲の向上につながる。家族が対象者の過去や表現される言動を肯定的に捉え、それを本人に肯定的な表現を用いて伝えることで対象者が自信を取り戻し言動に積極性がみられたり、否定的な感情が改善するのではないかと考えられる。また、対象者と同居家族との関わり方にも変化が見られるのではないかと考える。

2.仮説

認知症高齢者の過去や表現された言動に対して、ほめるなど肯定的な言葉でフィードバックをすることを継続して行うことで、対象者の言動に積極性がみられたり、否定的な感情に改善がみられるのではないか。また、介護する側である家族の関わり方にも変化がみられるのではないか。

3.研究方法

<対象者>
① Aさん 91 歳、女性。介護度1、認知症(中等度)。自宅で長男夫婦と同居している。活動量はとても少ない。カラオケと旅行が趣味だった。現在の趣味は食事。
② Bさん 82 歳、女性。介護度1、認知症(軽度)。自宅で一人暮らしをしている。
身の回りのことは自分でできる。ガーデニングが趣味で、菊を育てている。
③ Cさん 93 歳、女性。介護度5、認知症(重度)。自宅で娘と同居している。

<実施期間>
① A さん 連続する5日間(2016 年 8 月 24~28 日)
② B さん 毎週1回・全5回(2016 年 9 月)
③ C さん 1回(2016 年2月)

<実施場所>
対象者の自宅。

<手続き>
対象者の自宅での日常生活の自然な会話の中で、対象者を肯定的に捉え伝える表現を用いて接した。例えば、テレビで流れた思い出の歌を口ずさんだ時に「おばあちゃんは歌が上手いね」と伝えたり、育てている菊を見て「毎日水をあげたりしているから毎年綺麗に咲くんだね」などといった言葉がけを孫や娘により頻回に実施した。実施前・中・後の言動をもとに効果を言動により計測した。

4.研究結果

Aさん実施前
■表情が暗く、食事や排泄時以外はテレビの前に座っている事が多い
■他者の服装にも自身の身だしなみにも無頓着
■孫との会話中は笑顔が多く見られる
■長男がAさんをしつこくからかい、それに対しAさんがひどく怒ったり気落ちしたりする場面が多くみられる

実施中
■孫の促しのもと、孫と一緒に簡単な体操を行った
■長男によるからかいにより怒ったり気落ちしたりする場面は見られるが、長男の妻と孫が長男をたしなめたり話題を変えたりすればすぐに機嫌が直る

実施後
■孫以外の家族との会話中にも多少ではあるが笑顔がみられるようになった
■何気ない会話の最中に自ら簡単な体操を行った
■孫が身に着けている衣服やアクセサリーに興味を示すようになった
■旅番組を見ながら「またみんなで旅行をしてみたい」と言った

Aさんの家族の変化実施前
■長男に対し、孫が「Aさんの嫌がることをしつこく言わないで」と頼むと「やる気を引き出すためだ。嫌なことを言われたくないなら努力しようとするはずだ」と言って譲らない

実施後
■Aさんをからかうような発言が多かった長男が、ほめたりするようになった(からかっても以前と比べるとしつこくしなくなった)

Bさん実施前
■穏やかに生活している
■妄想がみられる(今も孫と同居している、孫のために弁当を作っているなど)

実施中・実施後
■特に変化なし

Cさん実施前
■日常動作時に度々拒否がみられる
■自分の症状を娘が他者に説明すると常に下を向く実施中・実施後
■会話時に顔を上げ、病前同様の表情がみられた

5.考察

肯定的な表現を用いて接することが対象者に望ましい刺激となり、自信につながることで対象者の言動に積極性がみられたり、否定的な感情が改善し、対象者と同居家族との関わり方にも変化が見られるのではないかという仮説のもと、認知症高齢者3名を対象に、同居する家族にも協力してもらい、肯定的な表現を用いて接した。その結果、2名においては言動に望ましい変化がみられたが、1名は特に変化がみられなかった。変化のみられた2名は認知症が中等度以上で、日常的にほめられたり、認められたりすることもかなり限られているために効果が顕在しやすかったものと考えられる。また2名とともに家族と同居しており、今回の実施において頻回に肯定的なフィードバックを受けることができたことも要因と考えられる。
しかし、変化のみられなかった1名については、普段一人で暮らしており、認知症の症状も軽度であるため、他の2名と比べて普段から自信や効力感の低下の程度も限定的であり、効果が顕在化しにくかったものと考えられる。加えて、家族と同居していないために、結果的に肯定的なフィードバックに触れる回数も他の2名よりも少なかったことも要因と考えられる。
今回の実施を通して日常生活の中で継続して肯定的に接することが対象者の中に良い感情として残るため、言動に変化が現れることが分かった。また、家族の対象者に対する態度にも変化がみられることがある。

6.まとめ

本研究では、認知症高齢者に対し、肯定的に接することで対象者の言動によい変化がみられるかを検討した。さらに、そのことを行った際の家族の関わり方の変化も検討した。その結果、認知症の程度が比較的重いケースで効果が顕著にみられた。また意識的に肯定的な態度で接することの経験は家族の意識にも望ましい変化をもたらすことが明らかとなった。

引用文献
畑野相子 筒井裕子 「認知症高齢者の自己効力感が高まる過程の分析とその支援」 人間看護学研究 4 2006 年

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