児童養護施設の子ども達が金銭トラブルの危険性について理解し不安を軽減するには
年度 | 2016 |
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学科 | こども福祉科 (現:保育士科) |
1.はじめに
国民生活センターの調査では、子ども達の金銭に関するトラブルが増えていることが明らかになっている。調べていく中で、一般家庭の子どもについての調査結果などは出てきたが、施設の子どもについての情報は出てこなかった。私たちは一般家庭の子ども達は保護者から金銭トラブルに関する知識を得られるが、児童養護施設の子ども達は知識を得る機会が少ないうえに、相談できる大人が周りに少ないのではないかと考えた。そのために、さまざまな金銭トラブルの危険性について理解する機会も少なく、金銭トラブルに巻き込まれてしまうのではないかと考える。
2.現状把握
国民生活センターの調査によると、全国の消費者センターに寄せられる子どもに関する消費生活相談件数が急増し、2002 年度の相談件数は 1996 年度の約 4.4 倍となった(図1参照)。また、小学生、中学生、高校生と年齢が高まるにつれて相談件数が急激に増加していることが分かった。
児童養護施設 A に入所している中高生16名を対象に実施した、金銭トラブルに対する意識調査では、巻き込まれる子ども達の多くが名称だけしか知らず、実際にはどのような内容の金銭トラブルなのか分かっていなかった(図 2 参照)。このことから、少なからず将来に対する不安を感じている子どももいると考えられる。
自立援助ホーム B の職員の方に金銭トラブルに巻き込まれた子はいるか、金銭トラブルに対する講義などをやっているか、などの話を伺う機会があった。その中で、実際に施設を退所した子が訪 問販売に巻き込まれ、布団や浄水器を買ってしまい約 30 万円を取られてしまう事例があった。施設ではそれまで、退所が近い子どもに金銭トラブルに対する危険性について話をしていなかったが、このような事例が起こってからは、退所前の子どもに金銭トラブルの危険性について話をし、一人 暮らし用のマニュアルも渡している。
児童養護施設 C では、退所した子どもがキャッチセールスに巻き込まれてしまい、英会話教材を購入してしまう事例があった。この事例もその後、担当職員から金銭トラブルについての話をするようになったということである。
上記 2 つの事例を見るとどちらも買ってしまった後であり、施設ではそれらのことについて子ども達に事前に対処法を教える機会がなかったのではないかと考えられる。金銭トラブルが起きた後に説明する機会をつくるのも大切だが、巻き込まれる前に事前に知識を身につけてもらう事が大切であると考え、金銭トラブルの流れを伝えやすい劇という方法を使って研究を進めることにした。
3.仮説
金銭トラブルに関する劇を通して知識を身につけることで、自分の将来への不安を軽減させることができるのではないか。
4.研究方法
(1)目的・ねらい
金銭トラブルに関する 7 つの劇(飛ばし携帯、キャッチセールス、振込み詐欺、資格商法など) を通して、知識を身につけることで子ども達が自分の将来について具体的に考え、不安を軽減にしていけるようにする。
(2)実施内容
フィールドワーク参加アンケートで興味、関心のありそうな高校生2名(A くん、B ちゃん)に金銭トラブルに関する劇を7回実施し、毎回劇の後に簡単な質問や感想を聞く。
子ども達が関心を持っているお金に対するトラブルを次回のフィールドワークで毎回実施する。
(3)実施期間
・平成 28 年 5 月 11 日 中高生対象実態調査実施
・平成 28 年 9 月 18 日~平成 28 年 11 月 19 日 劇の実施 ・時間 約 30 分~40 分
5.研究結果
<A くん、B ちゃんのフィールドワークの全体的な様子>
*A くん(高校 2 年生) 特別支援学校に在籍している。 意欲に波がある。
自分の興味がある話題には積極的に参加する。あまり自分の将来については考えていない様子。アンケートやテストなどの書く問題は積極的に答えることができる。
*B ちゃん(高校 2 年生) 特別支援学校に在籍している。 実施当初から意欲的
将来に対する不安を感じている。
書くことはあまり得意ではない。学生が質問すると積極的に答えることができる。
各フィールドワーク中の A くん、B ちゃんの様子
7 つの劇のうち2人の変化の大きかった4つの劇についてまとめた。上記の表はフィールドワーク中の A くん、B ちゃんの様子である。
A くんは回を進めるごとにだんだんと興味が出てきたのか自分から、聞きたいことや疑問に思ったことを聞いてくるようになった。B ちゃんは最初から興味があり劇もしっかりと見ていたが、だんだんと理解が追いつかなくなり混乱して考えがまとまらない様子だった。
<A くん、B ちゃんへの不安度調査>
2人とも最初はあまり不安には思っていない様子だった。しかし金銭トラブルの内容を理解すると不安が増大した。そこでその金銭トラブルについての対処法をその後説明すると減少した。
最終的に A くんは 0%に近いところまで、B ちゃんは 20%まで減少することができた。
<フィールドワークの様子>
6.考察
今回のフィールドワークを行うことで、2 人とも退所してからの必要な知識を身につけるきっかけになり、自分の将来についてより深く考えるようになった。
事前アンケートでは金銭トラブルの名称しか知らなかったが、フィールドワークを行ったことで、名称だけでなく実際にはどのような内容の金銭トラブルがあるのか知ることができた。また A くんはどのような方法で悪い人がトラブルに巻き込もうとするのか知ったことで、対処法についての知 識が増え不安の軽減につながった。B ちゃんは最初、将来については考えていたが金銭トラブルについてはあまり不安に思っていなかった、今回のフィールドワークで金銭トラブルについて内容を 知ることで一度不安度が上がってしまった、しかし対処法を伝えることにより不安が一番高まった ときよりも減少した。
また、金銭トラブル以外にも、A くん B ちゃんに金銭にかかわることで不安なことはないか聞いたところ、ローンやリース、クレジットカードについて仕組みなどがわからず不安だと言った。そこで、追加で資料を作り説明した。
二人とフィールドワークで話をしていく中で金銭トラブル(詐欺など)についても知識を身につけることも必要だが、前提として基本的な知識(ローン、クレジットの仕組み、給与についてなど) をちゃんと身につけてからのほうが、より深く金銭トラブルについて理解できたのではないかと考えられる。
今回フィールドワークを行うことで、子ども達が金銭トラブルに関する知識を身につけることで将来について考えることができ、不安が軽減できたと考えられ、仮説は検証できたと言える。
7.まとめ
今回行った劇でのフィールドワークでは、劇と追加説明をあわせた全 8 回の中で不安の増減が見て取れた、金銭トラブルについて教えることで不安が増大してしまうが、しっかりと対処法や詳しい詐欺の方法を教えることによって知識が身につき不安が軽減すると考えられる。
しかし、あまりお金の話に接する機会の少ない児童養護施設の子ども達には、将来のことやお金のことについてまだ考えられず、こういった活動に参加してくれる子ども達が少ないので、まずは多くの子ども達にお金を身近に感じてもらい『金銭についての一般常識を知ってもらう』ことが必要だと考える。
子どもが将来、生活していく中でお金については確実に考えなくてはいけない要素である。私たちが支援者になるにあたって、子ども達が卒園後の自立に向けて考えていけるように、今回のような、お金についての意識が向上する取り組みが行えるよう働きかけていきたいと思う。
参考文献
独立行政法人 国民生活センター 記者説明資料 2003 年 12 月掲載
「子どもの消費者トラブルの現状と特徴」http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20031205_3.pdf